30 Jun '12, 2am

「台湾Inventec社,Arima社,Quanta Computer社,Compal Electronics社の創業者には,「日本に来るたびに内海詣をしている」: 電卓,ポケコン,パソコン…ある家電バイヤーの物語 Tech-On!

 先週,シャープ元副社長の佐々木正さんにお目にかかりました。1960年代後半から70年代の「電卓戦争」において,シャープの電卓開発を先導して小型化や液晶技術導入を推し進めた,あの佐々木氏です。ソフトバンクの孫正義氏の恩人としても知られています。  1915年生まれですので,現在94歳。それでも,まだまだ技術革新への興味は尽きないという御様子でした。お会いして開口一番,「やっと,僕らが以前やろうとしていたことが実現されてきたんだ」と,佐々木氏。「どんなことですか?」と水を向けると,「クラウド・コンピューティングだよ」とのお返事が。それどころか,「もう一つ,どうしてもやりたいことがあるんだ。脳の中にね,コンピュータを組み込みたいんだよ。どこか,いい会社があったら教えてくれ」と,熱く語ってくれました。「ロケット佐々木」というニックネームそのままに,新技術への探求を続けておられるようです。 Tandy RadioShackの内海氏  実は,佐々木氏にお会いしたのは,40年ほど前の昔話を聞くためです。電卓やポケコンの開発が進められていた当時に佐々木氏と一緒に仕事をした,ある「バイヤー」の記事を,これから日経エレクトロニクスで連載していくからです。その方とは,米国の家電販売チェーンであるTandy RadioShack社(現在はRadioShack)のアジア地域バイヤーとして活動していた,内海信二さんです。「A&Aジャパンの内海」という名前で,覚えておられる方もいらっしゃるかもしれません。1960年代後半の電卓戦争のころから,日本の電子機器を世界中で販売する業務に取り組んできました。扱う商品も,ラジオや電卓に始まり,ポケコン,パソコン,そして携帯電話と,日本やアジアのエレクトロニクス産業の成長と歩調をあわせながら,様々なプロダクツを世界市場に展開する現場に立っていました。  全米に数千点の販売網をもつTandy RadioShackのバイヤーということもあり,日本のほとんどのエレクトロニクス・メーカーと取引がありました。前述の佐々木氏もその一人です。日...

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使いにくいメモリがなぜ生き残ったか - 日経エレクトロニクス - Tech-On!

techon.nikkeibp.co.jp 30 Jun '12, 3am

 1カ月ほど前の話になりますが,弊誌主催のセミナーでSSD(solid state drive)の基礎と応用に関し,東京大学 大学院 工学系研究科 電気系工学専攻,工学部 電気電子工学科 准教授の竹内健氏に御講演いただく機会がありました。同セミ...