27 Apr '12, 4am

第5回:実力の萌芽(上)

第5回:実力の萌芽(上)

第5回:実力の萌芽(上) 2012/04/24 00:00 高野 敦=日経ものづくり 出典:日経ものづくり,2008年11月号 ,pp.276〜278 (記事は執筆時の情報に基づいており,現在では異なる場合があります) 【前回より続く】 仲田直樹 日産自動車パワートレイン開発本部パワートレイン第一製品開発部ガソリンエンジン製品開発グループ 主担 (写真:栗原克己)  「この中で400馬力以上のクルマに乗ったことがあるという人,手を挙げて」  高揚感に包まれていた室内に緊張が走る。手を挙げる者は,いない。  「GT-R」の商品企画と開発の責任者を務める水野和敏は,主要なメンバーを集めたキックオフ・ミーティングの場でいきなりこう切り出した。時は2004年1月。役員へのプレゼンテーションを終えてすぐのことである。  日産自動車の技術者たちにとっても,GT-Rは特別なクルマ。いつかGT-Rに携わることを夢見て会社の門をたたく者も少なくない。だが,実際にかかわれるのは一握り。GT-Rとは無縁のまま技術者としての人生を終える者の方が圧倒的に多い。その場にいた技術者たちが,地に足着かぬ心境だったとしても何ら不思議ではなかった。水野はそうした雰囲気を感じ取り,あえて水を差すような言葉を投げ掛ける。 「これは何か狙いがあるな」  エンジンの開発を担当する仲田直樹は,脳裏で水野の真意を読み取ろうとしていた。水野と同じくレース車両の開発経験を有する仲田は,その時点で,400馬力以上のクルマに乗ったことがあった。だから手を挙げようと思えば挙げられた。だが,挙げない。きっと,何か大切なことを伝えようとしているのだ。  GT-Rの発売時期を2007年末として,そこから逆算すると開発期間に使えるのは3年半。そのうち半分近くの1年半を,水野は“人づくり”に費やすつもりと初めから決めていた。冒頭の発言は,いわばその宣言。仲田の読みは当たった。水野は,当時を次のように振り返る。 「我々が造ろうとしていたのは,日産の技術者たちが乗ったことのないようなクルマ。社内の知見だけで造れ...

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